西洋料理、日本へ

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ホテル御三家

1964年に東京オリンピックが開催されることが決まると、ホテル建設が続々と始まりました。 1962年に『ホテルオークラ』、1963年に『ホテルニューオータニ』と、現在『帝国ホテル』と並んで“ホテル御三家”と呼ばれるホテルたちはこの頃に誕生したのです。『ホテルオークラ』は、『帝国ホテル』の創立メンバーの一人だった大倉喜八郎の息子・大倉喜七郎が作り上げました。

 

そしてホテルオークラのコンセプトは、「『帝国ホテル』を超えるホテル」です。調理の総責任者には『帝国ホテル』出身で、パリでも修行を積んだ長峰六郎が、次長にはニューグランド出身の小野正吉が就任しました。そして『ホテルニューオータニ』は「日本一のホテル」をコンセプトとし、大谷米太郎によって作り上げられました。レストランの初代料理長には『中央亭』出身の小林作太郎が就任したのです。また、1964年に西武グループの資本によって作られた『東京プリンスホテル』には、ニューグランド出身の木沢武男が料理長に就任しました。木沢は後に、潟vリンスホテルが展開する全てのホテルのレストランを統括する総料理長に就任という栄冠を成し遂げたのです。

東京オリンピックの選手村のコックたち

そして、いよいよ東京オリンピックは開催。それと同時に外国選手が滞在期間中に利用するレストランや食堂が次々と開設されて行きました。食生活は何よりも重要であり、世界中のトップアスリートたちの体力と健康の源といっても過言ではありません。選手村のコックを勤めるということは、かなりの重責でもありますが、大変名誉なことでもあるのです。

 

全国から約300人のコックが集められましたが、そのトップに選ばれたのが、ニューグランド出身で『日活国際ホテル』総料理長の馬場久氏だったのです。1950年〜1969年前半は、日本映画界の黄金時代。中でも日活株式会社は、石原裕次郎、小林旭、浅丘ルリ子、岡田真澄といった日本映画界に名を残す大スターを擁した映画会社で、日活の全盛時代とともに『日活国際ホテル』は特に輝いていました。『帝国ホテル』が政財界御用達のホテルなら、『日活国際ホテル』は文化人御用達のホテルとまで言われ、日本の芸能人たちはもちろん、世界のハリウッドスターたちが来日すれば、必ず『日活国際ホテル』宿泊していたのです。

 

あの石原裕次郎や美空ひばりといった当時の大スターたちの結婚式ももちろん『日活国際ホテル』で行われました。馬場氏は、戦後に『花馬車』で料理長を務めていたところ、常連であった日活社長・堀久作に腕を認められたことがきっかけとなり『日活国際ホテル』総料理長へと就任したのです。東京オリンピックでは、馬場氏を総料理長とし、副料理長には『横浜ホテルニューグランド』の入江茂忠料理長、『東京第一ホテル』の福原潔料理長、『帝国ホテル』の村上信夫料理長の3人が就任しました。彼らは日本を代表する料理人であり、1960年代は、“ホテルの料理長”が西洋料理界をリードしていた時代でもあったのです。

フランス料理の教室選びについて

美味しいものを食べるのが好きな人はもちろんのこと、料理をすることが好きな人も沢山いるものです。
最近では料理男子も注目を集めるなど、料理を作ることや食の安全などにも関心が集まるようになってきています。
栄養バランスや味付け、見た目にこだわるなど、美味しく楽しく食事が出来るような環境を整えることも大切です。

 

料理に興味があっても作り方がわからない人やもっと料理の腕を上げたい、レパートリーを増やしたいと思っている人もいます。
そんな人には料理教室で習うという方法があります。

 

多種多彩な料理がありますが、中でもフレンチに興味がある人や一から習ってみたいと思う人もいるものです。
全国には色々なスタイルのフレンチ料理の教室があるので、その人に合った教室を探すことが出来ます。
アットホームな雰囲気の教室から一流シェフが指導するコースもあります。

 

クリスマス用に単発で終わるものもあれば、初心者から上級者までレベルに合わせたコースもあります。
フランス料理の歴史やその料理に合ったワインの選び方など、幅広い内容を勉強することが出来ます。
家庭用にアレンジされたフランス料理の教室もあるので、興味があれば誰でも習うことが出来ます。

 

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