60年代以降に日本では本格的なフランス料理が

60年代以降に日本では本格的なフランス料理が

60年代以降に日本では本格的なフランス料理が

銀座 にある「マキシム・ド・パリ」は、非常に大きな力をもっていたソニーの資金力によって、世界中から最高の食材を多く調達していました。この時代には、すでに流通技術が非常に大きく発達していて、日本でもフランスと同じように食材を仕入れることができるようになってきました。

 

「マキシム・ド・パリ」というのは、最高のシェフに最高の食材が揃ったということで、パリにある三ツ星レストランと同じレベルのものを目指して作られ、このお店ができたことで、日本でも本物のフランス料理店が誕生したといえます。

 

そして、この「マキシム・ド・パリ」が日本でデビューするとホテル業界も、最高級のレストランを作りだすべく、動き始めます。1970年には、帝国ホテルはフランス料理店「フォンテンブロー」を開業しました。

 

料理長にはフランス人コックのロベール・カイユが就任し、シェフ・パティシエには、加藤信が就任しました。加藤はフランスのパティスリー「ペシェ・ミニオン」でシェフを務めていましした。ホテルオークラは、1973年に「ラ・ベル・エポック」ができ、フランス人のレキサンダー・ムニエが料理長に、総料理長に小野正吉が就任しました。こうして1960年代後半からは日本でも、より本物のフランス料理を食べることができるようになったのですが、1970年代には大阪万国博覧会が開催され、西洋料理界は発展していきました。


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