ハンバーガーブームの決め手

ハンバーガーブームの決め手

ハンバーガーブームの決め手

今では大手に成長した『マクドナルド』も初めから上手くいっていたわけではありません。銀座に出店した一号店をはじめ、代々木、大井町に開業した二号店・三号店も売り上げが伸びず、内情は火の車だったそうです。

 

しかし、藤田氏はあえてこのことを伏せ、マスコミには業績が伸びていると偽りの情報を流していたのです。広告代理店の博報堂と組んで徹底的なPR作戦を展開し、“ハンバーガーの味がわからない奴は時代遅れのチンパンジーだ”というような過激な発言まで用いたとか…。時代遅れになりたくない若者を中心にハンバーガーを食べる人は増え、結果、藤田氏の戦略通りとなりました。

 

そして『マクドナルド』は開業二年目の1972年10月に、日商220万円の世界最高売上記録を達成するという偉業を成し遂げたのです。藤田氏によってハンバーガーブームが巻き起こりました。「日本の外食産業の夜明け」と呼ばれる大阪万博を境に、今まで日本には存在しなかったファミリーレストランやファーストフードなど欧米の食文化が次々と浸透していったのです。


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