東京オリンピックで活躍したコックたち

東京オリンピックで活躍したコックたち

東京オリンピックで活躍したコックたち

東京オリンピックが開催され、外国の選手が日本に滞在中に利用する為のレストランや食堂が次々と作られました。世界中のトップアスリートにとっては、食生活は重要なものであり、体力と健康の元を作るものであります。選手村のコックを勤めるのは、名誉と責任の伴う仕事でもあります。

 

そして、全国の約300人のコックの中から、トップに選ばれたのが、日活国際ホテル総料理長でニューグランド出身の馬場久氏でした。日本映画界の黄金時代というと1950年〜1969年前半で、日活株式会社は、石原裕次郎、小林旭、浅丘ルリ子、岡田真澄といった大スターを抱えていて、この時代と同じくして日活国際ホテルひときわ輝いていました。帝国ホテルは政財界御用達のホテルで、日活国際ホテルは文化人御用達のホテルと言われ、日本の芸能人たちに加えて、世界のハリウッドスターたちも、日本に来ると日活国際ホテルに宿泊していました。

 

石原裕次郎、美空ひばりといった大スターの結婚式も日活国際ホテルで行われました。そして日活国際ホテルの総料理長に就任した馬場氏は戦後に「花馬車」で料理長を務めていた時に、日活社長の堀久作に腕を認められたことがきっかけとなっています。

 

東京オリンピックでは、日本を代表する料理人であるホテルの料理長たちが多く起用され、馬場氏を総料理長、副料理長には横浜ホテルニューグランドの入江茂忠料理長、東京第一ホテルの福原潔料理長、『帝国ホテル』の村上信夫料理長の3人が就任しました。1960年代は、こうした人達が、西洋料理を引っ張っていました。


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