サリ―ワイルのおかげで海外修行が可能に

サリ―ワイルのおかげで海外修行が可能に

サリ―ワイルのおかげで海外修行が可能に

海外へ料理修行の旅に行くコックは増えているというものの、しかし、60年代はよほどの幸運が無いことには、海外修行に行くチャンスはありませんでした。さらに坂井や勝又、酒井といったコック達の最初の修業先が、フランスではなくオーストラリアやオランダだったのも、これはフランスが日本の敵対国だったことに関係しています。

 

しかし、こうした日本の状況を変えるきっかけを作った人が、横浜ホテルニューグランドで総料理長として活躍したサリー・ワイルです。この戦後にスイスに帰国していたサリ―ワイルですが、1957年に日本に来日します。これはニューグランド時代の弟子達の招きによるのですが、約1カ月の歓待を受け、この滞在中の旅費などは、全てかつてのサリ―ワイルの弟子たちの寄金であるということを知り、感激したとのことです。

 

その後、ワイルは、スイスのレストランやホテルで日本人を雇ってもらえないか交渉してくれました。これは弟子たちから、海外に渡って修業を積みたいものの、どうしてもそれができないという事を聞き、行ったことで、日本人を受け入れてくれるレストランやホテルが見つかると、自分で話をつけて、補佐をしていた荒田勇作に連絡していたとのことです。


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