スイスに渡ってフランスへ

スイスに渡ってフランスへ

スイスに渡ってフランスへ

ここからは、ワイルの仲介によって日本人コックの海外留学の道が大きく開けたのでした。次々と日本人が渡欧することが出来たのもワイルのお陰ということです。

 

当時の海外留学は、まずは中立国であるスイスに渡って修業を積み重ね、そこで労働証明書を取得し、その後、フランスに渡るのが一般的でした。スイスはフランスの隣国であり、一部はフランス語圏の地域もあるほどフランスと近い国だった為、こういった方法が取られていたのです。60年代にこの方法で渡欧したコックには中西鉄治(『横浜ロイヤルパークホテル』初代総料理長)、今井克宏(『三鞍の山荘』)、根岸規雄(『ホテルオークラ』総料理長)、大庭巌(『ホテルオークラ』料理長)、堀田貞幸(『京都ホテル』総料理長)』、快勝院孝士(『第一ホテル』総料理長)など数多く存在しています。

 

また、同じルートではありませんが、スイスに渡ってワイルの世話になったコックには加藤信(二葉製菓学校校長)、井上旭(『シェ・イノ』)がいます。

 


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